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スタッフブログ

アンコール遺跡8

太古の歴史と神秘に触れる アンコール・ワット5日間

シェムリアップ郊外にある遺跡
バンテアイ・スレイへれっつごー

アンコール・ワットやアンコール・トムから北東へ約30km離れた場所にある遺跡です。
angkor_map02

バンテアイは「砦」、スレイは「女」の意味です。
アンコール遺跡には「バンテアイ」なんとか、と「バンテアイ」と付けられた遺跡がたくさんあります。

バンテアイ・スレイは
967年にアンコール王朝第9代ラージェンドラヴァルマンの時代に着工され、
息子のジャヤヴァルマン5世の治世で完成しました。

実際の建造者は王師のヤジュニャヴラーハといわれています。
このヤジュニャヴラーハもアンコール王朝第5代目の王ハルシャヴァルマン1世の孫であると
伝えられています。

ここで今更アンコール王朝の系譜を

1.802-834年 ジャヤヴァルマン2世
2.834-877年 ジャヤヴァルマン3世(ジャヤヴァルマン2世の王子)
3.877-889年 インドラヴァルマン1世
4.889-910年頃 ヤショヴァルマン1世(インドラヴァルマン1世の王子)
5.910-922年頃 ハルシャヴァルマン1世(ヤショヴァルマン1世の王子)
6.922頃-928年 イーシャーナヴァルマン2世(ハルシャヴァルマン1世の王子)
7.928-942年 ジャヤヴァルマン4世
8.942頃-944年 ハルシャヴァルマン2世(ジャヤヴァルマン4世の王子)
9.944-968年 ラージェンドラヴァルマン**バンテアイ・スレイ**
10.969-1000年頃 ジャヤヴァルマン5世(ラージェンドラヴァルマンの王子)**バンテアイ・スレイ**
11.1001-1002年頃 ウダヤディティヴァルマン1世
12.1002-1010年 ジャヤヴィーラヴァルマン
13.1011-1050年 スーリヤヴァルマン1世
14.1050-1066年 ウダヤディティヴァルマン2世
15.1066-1080年 ハルシャヴァルマン3世(ウダヤディティヴァルマン2世の兄弟)
16.1080-1107年 ジャヤヴァルマン6世
17.1107-1113年 ダラニンドラヴァルマン1世(ジャヤヴァルマン6世の兄弟)
18.1113-1150年 スーリヤヴァルマン2世(ダラニンドラヴァルマン1世の甥)**アンコールワット**
19.1150頃-1165年 ヤショヴァルマン2世
20.1165?-1177年 トリプヴァーナディティーヤヴァルマン(王位簒奪者)
21.1181-1219年 ジャヤヴァルマン7世**アンコールトム バイヨン 象のテラス ライ王のテラス タ・プロムなど**
22.1220頃-1243年 インドラヴァルマン2世
23.1243-1295年 ジャヤヴァルマン8世
24.1295-1308年 シュリーンドラヴァルマン
25.1307-1327年 シュリーンドラジャヤヴァルマン
26.1327-1353年 ジャヤヴァルマーディパラメーシュヴァラ

26代目は名前がもう、、、パラメーシュヴァラはシヴァの別名ですので
シヴァ神を信仰していた王であることが分かります。
ジャヤは勝利とか栄光の意味で、ヴァルマンは守護神の意味、
diでつないでいるので「シヴァ神の勝利の守護神」を自ら称していたようです。

激しく脱線しましたが、称号や王命から何を信仰していたのか、時代背景や人物の背景が少しわかる気がして、
名前の紐解きが大好きなんです。(ただの趣味)

エジプトの王もそうですよね。
ツタンカーメンはもともとツタンカーテンという王名でした。
アテン神信仰からアメン神へ信仰を変更したので、
名前をアテン神にちなんだ「ツタンカーテン」から
アメン神にちなんだ「ツタンカーメン」にしています。

ヒエログリフは母音がないとかこの文字の場合この文字を補ってどうこうとか、
この音に置き換えることができるからどうこう、とか
特殊な読み方をするので、読み方が何通りもあるものもありますが、それはまた改めて書きたいです(やる気)

気を取り直してバイいてアイ・スレイへ戻ります。
banteaysrei01

アンコール・ワットより200年前の創建です。

なんといっても「東洋のモナ・リザ」といわれるデバターが超有名
banteaysrei04_as

この「東洋のモナ・リザ」さんがいるのは寺院中央にある
南北に並んだ(バンテアイ・スレイは東を正面に作られています)3つの祠堂のうち、
中央には門衛神のドヴァラパーラがいて、南北に東洋のモナ・リザといわれるデバターがおります。

しかしこの中央の祠堂ですが、
保護の観点から近くに行くことはできません。

肉眼ではちょっとよく見えない、ぐらいに距離が離れていますので、
高性能な望遠レンズとかオペラグラスなどをお持ちになるといいかもしれません。

このバンテアイ・スレイですが、本堂が前面のみに開かれていて、
伽藍が一方向のみに伸びています。
他のアンコール・ワットやバイヨン、タ・プロームなどは
本堂が「四面堂」といって
伽藍が4方向に広がり曼荼羅のようになっています。
立体曼荼羅とも言われますね。

バンテアイ・スレイのように伽藍が一方向に伸びている造りは
インドのヒンドゥ寺院と同じ造りになっています。

この寺院、紅土つまりラテライトと赤い砂岩によってつくられていて、
全体に施された繊細なレリーフも相まって本当に美しいんです。
banteaysrei03

参道から回廊、経蔵から破風、リンテル等々いろいろ言いたいのですが、
永遠に終わりませんので、皆さまにはげんちで直接見ていただきたいです。

実情は写真を使いながらじゃないとなーーーんにも伝わらないと思うのですが、
使用できる写真がなくて…(´;ω;`)号泣
のため断念です。

個人的に見ていただきたいのは塔門の破風の形状です。

塔門の破風が三角になっているのがあるのですが、
シェムリアップではこのバンテアイ・スレイだけに見られます。
banteaysrei05_vc

経蔵の破風は先が緩やかなU字型です。
banteaysrei06_vc

バンテアイ・スレイでは2種の破風の形状が使用されています。

また、あらゆるとことに彫刻がほどこされているのもアンコール遺跡の中ではバンテアイ・スレイだけです。

美術的にも、とっても贅沢な鑑賞ができること間違いなしです。

また、この寺院のデバターは首をかしげています。
足は正面です。

アンコール・ワットのデバターは足が左右どちらかを向いています。

時代の違いなのか地域の違いなのが同じアンコール遺跡でも違いがあったり、
はたまた共通するとこともあったり。
楽しい時間を過ごせそうです。

リンガを配置したのはバンテアイ・スレイが始まりともいわれています。

規模はとても小さいですが、見ごたえしかない寺院です。